日本の自然を穏やかに見つめ、明るく澄んだ色彩によって情緒豊かな風景を描いた小野竹喬(1889-1979)。岡山県笠岡に生まれた竹喬は、14歳のときに日本画家になると決意して京都の竹内栖鳳に師事しました。1916年に文展で特選を受けましたが、翌年には新たな芸術活動を志して土田麦僊らと国画創作協会を結成し研鑽に努めます。解散後は再び主な発表の場を官展に移し、戦後には明るく柔らかな色調の表現を追求した風景で新境地を拓きました。
竹喬には、日本画家を目指していた長男・春男(1917-1943)がいました。しかし、春男は京都市立絵画専門学校を卒業し、画家として歩みはじめた矢先に太平洋戦争の召集令状を受け取り、翌年26歳で戦死しました。期待をかけていた息子を亡くしてしまった竹喬は深い悲しみに暮れます。その後、しばしば樹の向こうに広がる空や雲を描き、そこに春男の魂を感じとっていたといいます。
本展は、生涯にわたって移り変わる自然の様子を穏やかなまなざしで描き続けた竹喬作品を中心に、春男の素描やスケッチの数々をあわせて紹介する京都初の展覧会です。描写をとおした父子の交流を、彼らがともに過ごした衣笠の地で感じていただければ幸いです。