中島千波が桜を描き始めたきっかけは、速水御舟《春の宵》との出会いです。
その後、毎年のようにスケッチ旅行に行き、自然の中で生きる桜の神秘的な瞬間を描き続けました。同じ名所の桜を描くのは、春夏秋冬の自然の脅威に耐え続け花を咲かせる桜に美を感じるからだそうです。
この作品は、山梨県の天然記念物、樹齢400百年を越える大糸櫻を描いています。地元では「花が一斉に開くときは豊年」との言い伝えがあり、神木として崇拝されています。夜に舞う桜の花びらは妖艶で、満開に咲き誇る姿からは生命の儚さを感じられることでしょう。花びらの一枚一枚を繊細に描く一方、木の人生を表す幹はどっしりと大胆に描いています。自然界に生きるものはいつか枯れる、今の美しさを「残しておきたい」という画家の想いが現れた作品といえるでしょう。