「緊張の一と時、静寂の一と時、時は止まる。無心になる時、音は響きはじめる。トン。…トン…トンと。」この作品に対する作者の言葉です。
強く芯のある瞳、一本一本丁寧に描かれた髪の毛、小鼓を打った余韻を感じさせる指先のしなやかさ。きめ細かい人物表現で、女性の所作の美しさが感じ取れます。
色彩の使い方も非常に巧みです。背景の金箔は、単なる視覚的な煌びやかさだけでなく、神聖な空気を表現しています。そして着物は、この背景に負けない鮮やかな赤で染め上げられており、女性の存在感を際立たせています。
他方、着物の帯を見てみると蝶があしらわれています。蝶といえば春のイメージですが、平家の代表的な家紋でもあります。平家は広島にもゆかりがあり、清盛公が宮島の厳島神社を篤く信仰していたことでも知られています。描かれたものどれ一つとっても無駄のない、まさに洗練された佳品といえるでしょう。